長野県中小企業振興公社
更新:1999年7月


   

12代続く伝統から新たな種蒔きを

御菓子司 宝来屋

 木曽福島町は、江戸時代、中仙道沿いに11あった宿場の1つであるが、福島宿は関所があったこともあり、旅籠や店が立ち並び、名実ともに木曾地方の中心として栄えた歴史のある町です。

 近年、車社会の到来とともに、その様相も変化、塩尻市や松本市の影響を受け、特に地元商業者にとっては厳しい状況となっています。

そんな中、町も地場産業と観光産業とを結びつけた新機軸の産業を組み立て、その活性化を図ろうとしています。

 今回ご紹介する「宝来屋」は、創業元禄元年(約350年前)という歴史のある店です。

今年の4月、店舗を新築しました。

新店舗を通して、第12代櫻井六左エ門を襲名した櫻井義男氏(49歳)が持つ店舗運営の考え方の一端をご紹介してみましょう。


◆店づくりは専門家に

 店舗を新築した動機は、築後70年(店舗は22年)と老朽化が目立ってきたり、手狭となってきたことがあげられますが、最も大きなものは、権兵衛峠のトンネル着工で、開通すると伊那市(伊那IC)とは車で20分で結ばれることとなり、人(観光客)の流れに大きな変化が起きると予想したからです。(危機感と期待感)

 新店舗建設に当たって、同氏が決断したこと、それは、設計と施工を分離したことです。

これは何でも無いようなことですが、商売上付き合いが多かったり、歴史があるが故に閉鎖的になりがちな同町のような場所では、つい知り合いの大工さんに頼んでしまうケースが多い。

 店舗は住宅とは違った専門性の高い知識が求められます。

そこで、同氏は「歴史を感じさせながらも、若い世代や地元客も気軽に入れるような店舗デザイン、従業員が働きやすい動線計画(厨房及び店舗)。

そして何よりも、月日の経過と共に更に味わいの増すような店舗をつくらなければならない。

その為には、建築設計士・店舗設計士・Gデザイナー(販促含む)・施工者等のより専門的な知識を結集させるべきだ」と考えたのです。

 しかし、同氏にとっては初めてのこと、当情報センターの「活性化相談」を受けたことにより、それぞれの作業分担が具体的になり、区分けも明確になった。

これも成功要因の一つだったようです。

 こうして完成した新店舗、予想以上の出来映えに(予算上も)、同氏は改めて自分の判断に間違いのなかったことを確信したのです。


◆「人づくり・物づくりを大切に」がモットー

和風で落ち着いた雰囲気のエントランス

 店舗部分と同じ位大切なのが厨房です。

同店は働きやすい(動きやすい)厨房づくりを心掛けました。

 立ち仕事が当たり前の職場にあって、効率よりも働きやすさを優先、座っての作業方式を導入しました。

また、就労時間もフレックス制を採用、個々の都合に合わせた勤務体制としました。

これらは「人づくりを大切にする」をモットーとする同氏の姿勢からきています。

 職場内は、若い女性が増え、笑いが絶えません。

こんな雰囲気が店頭にも反映、同店は明るく活気のある店となっています。

 もう一つ、同氏がモットーとしていること、それは「手づくりの味を大切にしている」ことです。


 新店舗建設に当たり、各メーカーは包餡機の優秀さをPR、作業効率や利益率向上のため、その導入を盛んに勧めました。

 しかし、同氏は自分の信念を曲げず、昔ながらの手づくりを、新店舗でも踏襲しました。

 「今後も多店化や商品卸などは考えていない」と言い切ったことも頷けます。


◆忘れかけた商品に新たな息吹を

 前述のように、当店の歴史は古い。

江戸時代に山村代官の御用達商人として自慢の「黒むし羊かん」を献上していた。

「黒むし羊かん」は、当地で開催されていた『馬市』(木曾は当時木曾馬の産地であった)のお土産として親しまれ、更に、戦前は徴兵検査に集まった若者が甲種合格の通知と共に帰途に着き近所に配ったとされています。

 このように、同店の「黒むし羊かん」は創業以来同店を代表する商品であった。

しかし、時代の変遷と共に、新しい菓子や洋菓子が同店の看板商品となり忘れられつつあった。

 この「黒むし羊かん」を同氏は新店舗建設を機に、そのロゴタイプやパッケージのデザインを一新、同店の看板商品として再び売り出したのです。

 精選された北海道小豆のこしあんに、自然食品でもある黒砂糖を加え、江戸時代そのままの製法で素朴に蒸しあげた無添加の羊かん。

同氏の思惑通り、開店と同時に脚光を浴び、今も以前の約10倍を売り上げています。

 奥さんの知人であるGデザイナーのちょっとしたヒントで生まれたこの企画、外から客観的に店を見ることのできるブレーンを常に大切にしてきた結果でしょう。



50年振りに脚光を浴びた「黒むし羊かん」と名物の「ほうば巻」

 5月下旬から7月下旬の2ケ月間、木曾谷の菓子店は「ほうば巻」(小豆あんを入れた餅を朴菓で包み蒸したもの)一色となります。

「ほうば巻」は同地方の郷土菓子として木曾谷に住む人ばかりでなく、木曾谷を離れた人もこの時期「ほうば巻」を食することが習慣となっている。

その「ほうば巻」の材料でもある良質の朴葉を安定して確保できるようにと、22年前、同氏が家業を継ぐと同時に近隣の山に入り、朴葉の採りやすい朴木を見つけては各農家と契約した。(朴木は高木のため)

 そんなアイデアや努力にも同氏の菓子づくりへの信念が窺える。

 期待通りの店ができ、売り上げが順調なこともうれしい。

しかし、店づくりを通し、高校生の長男と触れ合う機会が生まれ、その長男が同氏の生き方に共鳴、第13代目を襲名する決心をしてくれたことが店舗を新築したことの最大の収穫だったと同氏は語ってくれました。


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